あのことわたし

21年一緒に過ごした猫とのお別れの記録

私の愛した猫がいない世界で 3

1日後

今日は火葬場へ行く日だ。8月で太陽が見えているのに過ごしやすい日だった。うちに居た猫たちは皆市の火葬場でお別れしている。ペット霊園で火葬にすべきか、家の庭に埋葬するか、いつも悩むが、考えた末市の火葬場にお願いすることになった。家の庭だともしこの場所で住まなくなったときは強制的に取り残してしまう、ペット霊園は悪くはないけれど、もし閉鎖なんてことがあったらどうしよう。そんなことを考えて市の火葬場を選んだ。でもなによりの理由は私が死んだら同じ場所で燃やしてほしいと思ったからだった。

 

あのこの体はまだ硬直が残っていて足をゆるく曲げることができなかった。ダンボールを繋げて毛布を敷いてあのこを横たえた。寒いかもしれないと思って体にも好きだった毛布のひざ掛けをかける。そのまま花屋に向かった。あのこの体の周りにたくさんお花を散りばめた。おじょうさんみたいなかわいいあのこにぴったりの白や薄いピンクや薄い黄色のおはながいっぱいだ。お花畑の中で眠っているかのようでとても愛らしくて美しかった。そこに昨晩書いた手紙を添える。

 

火葬場には母と二人でいった。火葬場への道のりがもっと長ければ良いのになどと思いながら運転していた。しかし15分もすればついてしまう。少し息苦しかった。火葬場は緑に囲まれた静かなところだ。うちにいたこたちの体とここでお別れした。ここは畜魂碑が建っている。しかし遺灰がある場所はここではない。別の供養を行うお寺に運ばれるという話だった。そのお寺は全国いろんな場所の火葬場から動物たちの遺灰が送られ供養しているところだそうだ。愛されていたこも苦労していたこもみんなそこで供養してもらえるのだと思ったら少し救われるような気持ちがした。みんなと一緒ならさみしくないかな。そうだといいな。そんなことを思いながら眠るあのこを見る。撫でるといつもとかわらないやわらかな耳に涙がにじむ。

 

お別れの時間がくる。火葬場の人は若い男の人だった。とてもやさしい印象を受けた。火葬場の人たちはみなやさしい。そういう人が選ばれているのだということはわかっている。けれどこれがどれだけ救いとなっているのか、本当のところはそのときにならなければわからない。やわらかい口調や物腰は心に身に染みる。手紙を一緒に入れてもいいですかと聞けばどうぞいれてあげてくださいと言ってくれた。

 

お別れの時間になる。眠るあのこは安らかな顔をしていた。胸水が溜まってとても苦しかったに違いない。その苦しさから解放されたのだ。21年という月日は人の視点であっても長い。猫の21年は本当に長いものだ。私の人生の半分以上はあのこといた。つらいときもかなしいときも癒してもらった。たのしいときうれしいときも話をきいてもらった。一緒にあそんだときはほんとうにたのしかった。あのこが好きそうだなと思ったらなんでも買ってきた。

 

あのこがベッドにのぼりやすいように階段を作った。シングルベッドで寝ているときにあのこの眠るクッションを枕においたら本当に私の眠る場所が少なくて笑ってしまった。それでもよかった。大きいベッドにかえてふたりして広々と眠れるようになったのにやっぱりすぐ近くで眠っていた。冬は足の間で丸くなっていた。

 

かわいかった。大好きだった。愛していた。愛しかった。間違いなく私は死ぬまであのこのことが大好きで愛している。

何を言おうか悩むことはなかった。

 

ありがとう。

今までずっとありがとう。

大好きだよ。

またすぐ会おうね。

ありがとう。